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昭和三十年頃の結婚準備
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費用と形式から見た披露宴の実例
現代のよい結婚披露宴の一つの条件は、経済的であることでしょう。しかし、安ければみんなよいか、といえぼ、そうではありません。ただ安いだけでよいならば、茶菓五〇円からと案内書に示している披露会場もあるのでそういうところを利用すればよいわけです。ある牧師さんは、自宅で結婚式と披露宴の
お世話をしています。この方の発案によって紅白のもち菓子二個二〇円、おせんべい、みかん、花を合わせて一人三〇円ずつ。コーヒーは牧師さんの寄付、と一人前五〇円・の披露宴が行なわれているそうです。たとえ五〇円でも、信ずる宗教によって結ばれる人たちと、その仲間の厳粛な、豊かな披露宴が想像されます。
農村運動の指導者浪江慶氏は、「公民館で経費の安い披露宴をしたからといって、それだけで、改善されたよい結婚とはいえない。花嫁が、妻としての人間性を認められる結婚生活が約束されていなければ、真の結婚改善で
はない。真の結婚改善がなされれば、結婚式や披露宴もか改善されたよいものになるはずだ、改善された披露宴は、必ずしも経費の点で安くないかも知れない。しかし経費が合理的に使われるだろう」と言っています。
東京都江東区の図書館に勤める宮崎俊作氏は、「これからの披露宴は、出席してくれた人が、帰りぎわに、ああ楽しかったという無形のおみやげを持って帰れるようなものにしたい」と希望して、自分は合唱結婚式をあげました。これは、八○人もの人がお祝いに集まってくれたので、一人一人に祝辞をのべてもらうわけにはいかない。その代り、披露宴の盛り上がりの中で、二つの歌を全員で合唱した、というわけです。
彼は、最も新しく経済的な結婚式と披露宴を考えていました。はじめは、結婚式なんかしまいと思ったが、よく考えてみると、祝福してもらえるものなら祝福を受けて結婚したほうがよい、と思い直し、新宿生活館で、この結婚式をあげたわけです。
経費としては、会費三〇〇円でしたが、結局は、一人前六〇〇円くらいかかったようです。彼は、会費制にした理由も、「結婚は、個人の問題だが、同時にまた社会生活でもある。二人で、これから、社会生活していくとき、ほんとうに私たちを思ってくれる友人を周囲に選ぶことが必要だ。出席自由な会費制の披露宴をすることで、真の友人が発見できると思った。事実、思いがけない人が、私たちの結婚を心から喜んでくれていることを知ったLと言っています。
おとうさんたちも、「若いものがやることを見てやってください」と、先輩たちにも話してくれたので、結果は、みんなに喜ばれるものになったようでした。若い人たちが披露宴に望む新しい気持は、こういうものなのでしよう。
内容も経済も、賢く考えられ、計画された結婚披露宴は、若い人たちの一人よがりではなく、両親や周囲の年配者たちにとっても、感銘ぶかいものになると思います。
小山さん夫妻の一人一三〇円会費
小山さん夫妻は、キリスト教会の青年会員です。会員の結婚式は、青年会で責任をもって、世話することになっています。一昨年から、二人は四つの結婚式の世話係になり、昨年、今度はみんなに結婚式をしてもらったのでした。
小山さんたちの披露宴出席者は九三名でした。かかった費用は、わずか一万三四五三円です。一人二二〇円の会費でしたから、小山さんが実際に負担した額は、ほんのわずがでした。この披露宴の内訳は、
紅茶 六三〇円(リプトン一〇〇グラム、セイロン一〇〇グラム、砂糖二七〇〇グラム、レモン四個)
菓子 五三一八円(ウィスキーボンボン一七〇〇グラム、パイ、ぜんべい一六〇〇グラム、クラッカ一一ー〇〇グラム、鳥の子もち二〇〇個)
デコレーションケーキ 四〇〇〇円
みかん 二四〇〇円
追加分と雑費 二〇五円
以上です。
場所は、故賀川豊彦氏が保育園をかねて作られた教会。平日は保育園であるところで、やったのです。
形式は、祝辞《記念品贈呈、テーブルスピーチ、記念帳への会員のサインなど、ごく普通のものでしたが、買物も、式場の飾りつけも、そしてお菓子の盛りつけや紅茶をいれることまで、仲間の手で準備された結婚式は、ほんとうに身近な親しい思いやりのふんいきに満ち満ちていました。
大江さん夫妻の二段がまえの会費制
大江さん夫妻の披露宴は、同じ会費制でも三五〇円、五〇〇円の二本立て。これが特長です。
夫妻は中学ど高校の先生です。もとは同じ学校に勤めていました。だから、いよいよ結婚することになったとき、二人の結婚式は、同僚と彼等の教え子たちによって準備されたのです。したがって、当日の出席者も、おとなよりは、生徒や卒業したての青年たちが多くなる予想でした。だから成人五〇〇円、未成人三五〇円の会費が必然的に考えられました。
大江さんたちも、新しい結婚式を望んでいました。将来の結婚式の原型となるような、新しい内容と形式のものをやりたいーこれが結婚を誓い合った二人の、一致した、根本的な考えだったのです。
式日は年末休暇に入る十二月二十七日ときまりました。その一ヵ月前十一月二十五日、新郎新婦のほかに新郎の同僚三名、卒業生二名、新婦の生徒二名、新郎の伯母の一〇名が集まり、第一回の準備会がもたれました。
当日、話題になったことは、
①挙式と披露宴についての当事者の態度と方針。
②日時と場所の確認。
③招待者と参加者の範囲と人数。(新郎関係、新婦関係、職場関係、恩師関係、友人関係、率業生関係、生徒関係、PTA関係などに分けて検討)
④予算。(会費制とすることを確認。ここで会費の額がいろいろと話題になったあげく、二段がまえにしてはどうかと提案された)
⑤収入総額の予想。
⑥支出費目について(会場費、装飾費、飲食費《乾杯をするかどうか》、式典費、写真費、庶務費《招待状、会員券の印刷費を含む》、予備費など)
⑦写真撮影の件。(新郎新婦の記念写真。親戚一同の記念写真。参会者一同の記念写真。スナップ担当者について)
⑧実行委員会の任務と分担。
⑨協力活動者の任務と分担。
⑩当日の任務分担。(総務、司会、介添え、会場装飾、受付け、写真、録音、音楽、庶務、会計、祝宴準備、進行)
⑪準備日程。(今後一ヵ月間にどう働くか)
⑫招待状発送。(対象、発送者、発送日、文案作成者)
⑬必要品用具の準備、購入、借用と、その担当者について。
⑭当日の服装。(新郎新婦、参会者)
⑮祝辞、レクリエーション。(人数と種類と担当者)
⑮会場配置図。
⑰式と披露宴次第。
これだけのことを、項目を謄写刷にして用意し、次々ときまったことを記入していきました。
その後二回、更に準備会を重ねて、当日が迎えられました。
まるで大変な会議の、おおげさな準備のようですが、やってみる.と、これだけきちんと徹底的に準備をしなければ、一五〇人以上の披露宴を支障なくやりあげることはできないのです。先生と生徒で作られた実行委員会の局到な、また活動的な準備によって、十二月一一十七日は盛況でした。その次第は、
挙式 1式参会者入場 2開式 3新郎新婦入場 4新郎新婦紹介 5婚姻届署名 6保証人連署 7誓いのことば 8指輪交換 9乾杯 10祝辞 11閉式(休憩一〇分)
祝賀会 1開会(おててつないで合唱) 2経過報告 3お祝いのことば 4レクリエーション(生徒合唱、民謡、詩吟、小唄、全員合唱喜びも悲しみも幾歳月(新郎新婦の名同僚の先生方の合唱を入れた替え歌) 5新郎薪婦あいさつ 6親戚代表あいさつ
レクリエーションでは、生徒や若い同僚たちの元気のよい歌もあれば、新郎の伯母さんの黒田節もとび出し、しまいには元気な女子どど高校生が、お祝いの謡い、小唄、さては都々いつ逸まで歌いあげるにぎやかさ。いかにも新旧
老若が一つにとけ合ったという感じの楽しい披露宴でした。
「あとで、年配の方々からも、新形式でなか新婚旅行はスケートへ。なかよかったとおほめをいただきました。
そして意外なことに、そういう人たちから、来賓からも会費をもらったほうがよかった(新郎新婦]○名ずつの招待者があった)と言われました。皆が一つになって、楽しいふんいきだったと皆さんが言ってくれました」と大江夫人は言っています。
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